洞内 みな子 in U.S.A 報告書  <第一回>
  8月24日(火)、洞内みな子は無事に、ここアメリカ、Virginia州に到着しました。ここは日本との時差は13時間で、例えば日本が正午だとするとこっちは前日の夜11時ということになります。到着してまず最初に驚いたのは空の大きさです。建物が低いわけでもないのにとにかく空の割合が大きい。地上と空の割合は1.5:8.5って感じです。だから、夜なんか特にすごいです。星がたっくさぁあああん見えます!まるで、大きな大きなプラネタリウムのようです。私がホームステイしているところはVirginia州の北の地域で、Washington D.Cにほどなくちかい場所です。アメリカの首都に近いということもあって、飛行機の直行便があって本当に助かりました。首都に近い割には、車で少し移動すると、自然がいっぱいです。家の近くはポトマック川が流れています。家の近くを散歩していると、野生のしかや、リスやうさぎやたぬきに出会うことが出来ます。とっても広い動物園に住んでいる気分です。私はここの自然豊かな環境が大好きです!私のホームステイしている家の近所は馬や牛、やぎやろばを飼っている家がたくさんあり、実際わたしのホストファミリーも4頭の馬を飼っています。時々家族で乗馬を楽しみます。もちろん私も挑戦させてもらっています。馬に乗ったことはなかったので、最初は振り落とされないか心配でしたが、とてもおりこうさんな馬たちなので今のところ大丈夫です。私のホストファミリーは、お父さんのジョン(彼は弁護士でかなりハードな仕事をこなしています)と、スポーツ万能で超美人なお母さんハリー、15才のアレックス(彼女はカリフォルニアに住んでいて長期休みにだけ帰ってきます)、13才のダイアナ(とってもやさしくて明るい女の子)の4人家族です。彼らは私を本当の家族のように大切にしてくれます。だからといって甘やかされすぎているわけではありませんョ。時には普通に怒られます…。日本にいる時は、洗濯や掃除は全て母に任せてばかりだった私が、今では自分でこれらの仕事を当たり前にこなしているのが自分でもすごいと思います。人間、追い込まれると自力でどうにかするものです。

LOUDOUN VALLEY HIGH SCHOOL

 学校へはバスで通っています。朝7時15分ごろ、家の近くにバスが来ます。学校へ着くのは約1時間後。ちなみに日本にいるときは、いつも7時45〜50分頃家を出て、しかも徒歩で通っていました。そして学校が始まるのは8時30分。ホームルームの後、約90分の授業が1日4コマあります。授業の間の休み時間は6分。これは休み時間というより移動時間です。なにしろ、平屋なうえに、教室の数が多い!トイレに行っている余裕もありません。方向音痴な私にとって学校は迷路です。最近は少し慣れてきましたが、最初のうちは道に迷って授業に遅刻してました…。私が選択している科目は、U.S GOVERNMENT(政治)、U.S HISTRY(アメリカ史)、English(以上3科目は留学生必須)、CADD2(パソコンを使って建築関係の設計図を作成するクラス), 物理、心理学、ART、Study Hall(自習)です。授業は90分という長い時間で、しかももちろん全て英語なので、かなりハードですが、眠くならないのがとても不思議です。いまだに授業中に眠っている生徒は見たことありません。日本の学校との違いは、生徒たちの積極性、授業中の発表回数の多さに感じられます。どんな些細なことでも自分が疑問に思ったり、意見があれば、すぐに手をあげて発表します。アメリカの生徒たちは、自分の意見をしっかり持っていて、それをみんなに伝えようとする意欲だけではなく、同時に自分以外の人が話をしているときはその話に全神経を集中させるという聞く姿勢、意欲が本当に素晴らしいです。誰かが話し始めると、それまでどんなにがやがやしていても、それがピタッと止みます。これはアメリカの生徒だけではなく、アメリカ国民全体の特徴として述べることができる点だと思います。そして、この学校の生徒たちは本当にfriendlyです。自分から話しかけさえすれば、すぐに名前を覚えてくれて(アメリカ人は名前を覚えるのがとても早い!)その瞬間からお友達です。さらに、みんなとても優しくて親切です。たぶん以下の点もアメリカ人の特徴としてあげられると思います。それは、ボランティア精神の旺盛さです。とにかく人の役に立つことが大好きな人が多いです。この学校は先生たちもそれぞれの個性で満ち溢れています。同じ教科でも先生が違えば、授業内容も宿題も全く違います。私はこの学校がすっかり気に入ってしまいました。ちなみにこの学校の偏差値はアメリカの高校全体でトップ10に入るといううわさも…。アメリカには高校入試がないのに、どうしてこの学校の生徒達のほとんどが勉強熱心で優秀な生徒達ばかりなのかが最近の疑問です。

私の英語力の状況について

アメリカに到着して、まもなく2ヶ月になろうとしています。いまだに英語には苦労しています…。でも、到着したばかりの頃に比べればそれなりに英語力の向上がある気がします。到着したばかりのころは、YESかNOを言うので精一杯でした。黙り込むのは個人的に嫌いなので、最初の一ヶ月くらいはとにかく最低限YES かNOだけは言うように常に心がけていました。例え相手が何を質問しているのかわからなくてもです。こうなったら、フィーリングで勝負!の世界です。直感で出来るだけ間をおかずに返答します。もしそれが相手の望んでいる返答でなければ、もう一度質問してくるので、その質問の中の聞き取れた単語から質問内容を予想します。そして自分の出来る範囲の英文で返答します。最初のうちは理解してなくても、理解していないことを伝えませんでした。なぜならもう一度説明されてもほとんど理解できないことが明確だったからです。最近は相手の言っていることがわからなければ、わかっていないことを正直に言えるようになりました。そしてもう一度ゆっくり説明してもらえれば、ほぼ理解できるようになりました。これが私の英語力のささやかな進歩です。ちなみに、Thank Youという言葉はいつでもどこでも大切です。日本では意外に身近な人に“ありがとう”をいう機会は少ない気がします。アメリカ人はどんな些細なことにでも、そして誰にでも感謝をし、お礼を言います。友達はもちろん、家族にもです。それと、今まで私は“No, thank you”は断る際の決まり文句だとしか思っていませんでした。しかし実際この言葉は、結構意味深です。相手になにか勧められて、それを断るための“No”、そして、それを勧めてくれた相手の気遣いに対しての“ThankYou”。こんな小さな発見でしたが、これに気付いたときは英語の美しさにかなり感動しました。英語力の向上のために、これからもっともっと努力していこうと思います。

アメリカにて日本を考える

 私は他の国からの留学生に比べると英語のスピーキングとリスニングにかなりの劣りがあります。だからといって友達作り等に苦労するか、といったらそんなことありません。なぜなら幸運にもI’m from Japanだからです。アメリカに来て感じたこと、それは日本には世界に誇れる素晴らしい文化がたくさんあるということです。学校が始まり、生徒達の会話に入っていけない私は、一人寂しく席に座って読書でも…という方法は選びませんでした。私は英語は話せませんが日本語は話せます。アメリカの生徒達には出来ない折り紙が出来ます。彼らには書けないひらがな、カタカナ、漢字が書けます。鶴を折りまくって、さらに、友達の名前を、ひらがな、カタカナ、漢字の3種類で書いてあげたり、簡単な日本語を教えたり、日本の写真を見せたり…とにかく思いつく限りのことをしています。生徒達は日本の文化にかなり興味を持ってくれます。彼らには日本語の文字が一種の芸術に見えるらしいです。私は今、これまで全く興味がなかった日本文化の素晴らしさに気付き始めています。最近の日本では、競って他国の進んだ技術や様式を真似たり、取り入れる傾向があるように感じます。確かにそれも他の国に遅れを取らないためには必要な手段です。でも、これからは、もっと日本文化を世界にアピールするべきだと思います。“日本文化”というと、ほとんどが伝統的なもの(建物、着物、絵画など)、すなわち時代を遡ったものが思い浮かび、それでは“アメリカ(やその他の国の)文化”は?と考えた時には今現在のアメリカ(やその他の国)の姿が思い浮かぶのは私だけでしょうか?おそらく、この現象はアメリカをはじめとする他国が段階的に自国のイメージを作り上げているのに対し、日本は現在より過去がより個性が強い、すなわち徐々に日本らしさが薄れつつあることに起因していると思います。住宅街には洋風住宅が立ち並び、ふとんよりベッド、ちゃぶ台を囲んで正座して食べる和食より、テーブルを囲んでいすに座って食べる洋食の割合がほとんどな時代です。他国の文化を認め、それを取り入れる際に注意すべき点は、あくまで根本的な部分には個性、つまり日本らしさを残すべきだ、ということです。私は日本ほど世界に誇れる文化を持っている国は他にないと思っています。ちなみに私の将来の夢は建築関係(設計、インテリアetc…)の仕事に就いて、世界中に日本文化を基調とした(且つその国の特色も十分に取り入れた)建物を建てたり、インテリア等をデザインすることです。アメリカに来てから以前より明確に自分の将来の目標を持てるようになった気がします。

まとめ

私がこうしてアメリカ留学という貴重な時間を過ごしていられるのは、みなさんの協力があってこそ実現できていることだと思います。いつも感謝しています。本当の本当にありがとうございます!一日、一日少しでも何らかの進歩があるように、時間を大切に生活する工夫を、これからも心がけていこうと思います。ご意見、質問、リクエストは以下のアドレスにメールください。携帯からのメールも日本語で受信できます(機種によっては返信も可能です)。

mina_614@hotmail.com

洞内みな子 in U.S.A. 報告書 <第二回>
第一章 馬とのお別れ

 今回の最も重大な出来事と言えば、突然のホストファミリーチェンジです。ある晴れた日の午後、友達の家の帰りの車の中でのことです。ホストママがいきなり、「私たち、あなたの新しいホストファミリーを探すことにしたから。」(…もちろん英語)って。このホストファミリーには一年間ステイする予定(何事もなければ)で、しかもホストチェンジをしなければならないような心当たりは特になかったので、とっっってもびっくりしました。その理由は彼女の言い分では、まず、自分たちの興味のあること(政治関係、乗馬を始めとした馬関係、テニスetc...)に興味を持っているようには見えないから。彼らは人と話すより、馬が好きらしいです。たしかに彼らは私から話しかけない限りほとんど話しかけてきません。それに対して、私は人とのコミュニケーションを何よりも大切にしているように(というのはおそらく例えば友達やホストファミリー以外の人と話しているときの私の様子がとっても楽しそうに)彼らの目に映ったそうです。乗馬やホースレースの時の私は退屈そうに見えたっぽいです。別に退屈そうに振舞っていたつもりはありません。私は馬は嫌いじゃないけど、やっぱり馬よりは人の方が好きです。さすがに馬とのコミュニケーションよりは人とのコミュニケーションの方が得意です。しかし、彼らの望んでいる留学生は心から馬を愛している生徒…なんだと思います。つまり私はアメリカ人以上に社交的(!?)だったことが原因その一です。
 また、ホストパパは弁護士であると同時に熱心な政治家でもあります。そのために、私たちが行くパーティーのほとんどは、政治関係(ブッシュ大統領に反対する人々の集まり)でした。ほとんど(ってか私以外全て)大人です。そのために彼らの話している内容はハイレベル。とりあえず誰かの永遠と続く話に相槌だけは打つものの、どこでどう反応するべきか見当がつきません。もちろん私の発言する場面はないに等しいです。確かに退屈です。でも、できるだけ退屈しているように見えないように常に心がけていたつもりでした。
 第一の理由はともかく、第二の理由は成績です。彼らが留学生に求めるもっとも重要なものは成績だそうです。彼らは過去にも何人かの留学生を受け入れていて、彼らは全てとても優秀な成績だったそうです。私はというと、数学や物理、美術など世界共通なものはそれなりの成績をとれるものの、どうしても英語力が必要な教科では決してよいとはいえない成績です。教科の一例としては"英語"です。"英語"にいい成績を求めることは日本の学校の他国からの留学生に"現代文"で5をとるように求めているようなものです。しかもアメリカの教師たちはとても優しく親切ですが、成績のつけ方には留学生だからといって甘くはしてくれません(アメリカ人は平等が好きだからです。)去年、彼らはドイツからの留学生を一年間受け入れていました。ドイツ(を初めとしたほとんどのヨーロッパ各地)では日常的に英語が使われています。そのために彼女はアメリカに着いた時には既に英語が流暢に話せました。しかもドイツの教育制度はとてもレベルが高いです。そのため、彼女のアメリカでの成績はパーフェクトでした。しかも彼女は馬が大好きで、テニスも得意でした。まさしく彼らの理想の留学生だったわけです。彼らはしょっちゅう、去年の留学生はこうだった、ああだった…と言います。しかし私に言わせてもらえば、彼女は彼女、私は私です。私にだってそれなりの考えがあります。成績に関しては、全く気にしないわけではないけれど、今回のこの留学という機会において、私にとって大切なことは素晴らしい成績より素晴らしい経験です。できるだけたくさんのコミュニケーションを通して、人間関係を広め、且つ文化の伝達、そして吸収が私の目標としているところです。これらの考え方の違いがホストファミリーとの間に生じ、今回のような結果になったのだと思います。特に後悔はありません。このホストファミリーと過ごせたのも、私にとって貴重な体験となりました。
  正直な話、ホストチェンジは一ヶ月以上も前から考えていたことでした。でも誰にも相談しませんでした。なぜなら、私を受け入れてくれる家族があるだけでもとてもありがたいことなのに、その親切を振り切ってのホストチェンジの手段はとてもわがままな行為に思えたからです。私の理由は、馬のレースや政治関係の集まりが退屈だったからではなく、第一に、このホストファミリーでは十分なコミュニケーションがとれないように感じたからです。朝家を出るとき、誰も起きていない。もちろん朝ごはんも一人。学校から帰っても家にいるはずのホストママの姿は見えない(ほとんど彼女の部屋)。ホストパパは8時過ぎじゃないと家に帰ってこないので、夕食も一人(彼の帰宅を待っての夕食は9時以降)。気分は下宿生です。しかもホストパパはベジタリアン。その影響でホストママも家ではほとんど肉や魚を食べない。そのせいで家には肉や魚がない。しかもホストママはほとんど料理をしない。冷凍野菜を解凍して終わり。冷蔵庫にあるヨーグルトとりんごで夕食をすませる日々でした。今振り返るとかなり過酷な生活をしていたんだなぁ…と思います。そういえば日本にいたときは、常に家には家族がいて、いつでも話が出来て、けんかもできて、毎日にぎやかな食事をして…という生活でした。時々何気にせつないなぁ…って思っていたくらいで、特にホームシックにもならず、普通に生活していた自分はすごいと思います。さすが八高柔道部だっただけあります。私にとってはアメリカで過ごしていることだけで、とても楽しく、幸せなことなのでさほど気にならなかったのだと思います。
 しかし、私にとってどうしても我慢しきれないことが1つだけありました。それはホストママの、ホストパパの娘ダイアナに対する態度です。ダイアナはホストママにとって本当の娘ではありません。しかもダイアナは多少知能の発達に遅れがあるため、言葉を流暢に話すことが出来ません(中学校の特殊学級に通っています)。彼女に対するホストママの言葉の冷たさは氷点下レベルでした。例を挙げるときりがないのであえて例は出しませんが、私にさえ、それがかなり冷たい言葉だということがはっきりわかりました。その様子を見ていて、毎回暗い気持ちになりました。私には15才の知的障害児(ダウン症)の弟がいます。私は知能に多少の遅れがある彼らが流暢に話すことは出来なくても、誰よりも他人の心とか気持ちを把握できる能力があることを知っています。だからこそ、これについてだけは本当に我慢できなくて、次にカウンセラーに会う機会には絶対にホストチェンジの希望を伝えよう、でもどうすれば、ホストファミリーに不快な思いをさせずにホストチェンジできるかな…と考えていたところに、ホストファミリーの方から提案があったのでこのタイミングのよさに対してもかなりびっくりでした。
 でも、さすがに彼らの家を後にする時は悲しかったです、というよりとても悔しい気持ちでいっぱいでした。精一杯自分なりに努力したはずだったのに、それが認められなかった悔しさ、次のホストファミリーが見つかるかどうか、見つかったところでうまくやっていけるかどうか…という不安、言葉には言い表せない孤独感でいっぱいで、(ホストファミリーには涙をみせたくなかったので)馬にお別れをしつつ、馬と一緒に泣いていました…。

第二章 新しいホストファミリーとの出会い

 家を失った洞内みな子はその後どうなったか― 仕方がないので野宿です…ってなことにはなりませんでした。それどころかその後は信じられないくらいスムーズに物事が運びました。ホストチェンジの話題を初めて出されたのが土曜日(この日は10月30日、夏時間から冬時間への変更の日でした。冬になるにつれて日がどんどん短くなるのでこの日の夜誰もが時計を1時間遅らせます)、そして新しい家族に移ったのは月曜日(運良く学校は休日)です。
 新しいホストファミリー、彼らはまさに私が長年夢見ていたとおりのホストファミリーです。まず最初に前回のホストファミリーに2ヶ月間も滞在できたことを褒められました。新しいホストファミリーのメンバーは、お父さんとお母さん、そして大学生の息子と、25歳の娘。彼らは休暇の際にしか家に帰ってこないので、普段は存分に1人っ子気分を味わってます♪とにかく素晴らしい家族です。私の日本の家族のように、とにかく家族みんなが仲がよく、毎日笑いが絶えない家族です。ホストパパは以前ブッシュ大統領のお父さんと一緒に働いていたこともあるらしく、ブッシュ大統領からのクリスマスカードが今年も届いたのを見たときは感激でした。次回の報告書ではもっと詳しくホストファミリーの紹介をしたいと思っています(できたら写真付で)。

学校生活について

 学校生活は本当に毎日忙しいです。毎日宿題がかなり出されます。小論文形式のものも2週間に1回はあります。そしてほとんど毎日クイズ(小テスト)かテストがあります。留学生だから別にテスト受ける必要ないんじゃないか、宿題やる必要なんてないんじゃないか…って思ったら大大大間違いです。アメリカンティーチャー's は決して妥協してくれません。はっきり言って逃げようがないです。宿題を一回でもサボった瞬間、保護者宛にE-mailが教科担任から届きます。テストやクイズをその時間に受けずに逃げ切ったとしても、次の日には必ず受けなければいけません。しかもそれらや、宿題の一つ一つが全て成績に結びつきます。1つでもごまかそうものなら、成績がAからCにさえなり得ます。つまり…"常に全力投球する!!"しかないってことです。
 この学校は今年私を含めた5人の留学生がいました。しかし今現在―3人です。1人はどこの国出身だったのかわかりませんが、学校が始まって1週間くらいで彼の国に帰りました。彼は英語があまり話せなかったことが原因なのだと思います(と言っても私も彼と同じくらいの英語力だったと思います)。もう一人、ベトナム出身の女の子にとってこの学校はあまりにハードな学校だったために、彼女はテキサスについ先週転校していきました。残るは私を含めて3人。私以外の2人は英語を頻繁に使うヨーロッパ地域の出身のため、かなりの流暢な英語を話せます。…ってことは次にこの学校を去ることになるのは私?―ではないはずです。なぜなら私はこの学校が大好きだからです。この学校は確かにハードですが、そんな忙しい毎日にとても充実した気分になれます。
ホームカミング・ダンスパーティーについて
 10月23日、学校でホームカミングパーティーがありました。午前中はフットボール観戦、午後はみんながドレスアップしてダンスパーティー(学校の体育館)です。誰もが楽しい時間を過ごしました。

Thanks giving day

 11月25日 はアメリカ人にとって大切な祝日です。24日は学校は午前中で終わり、25、26日は学校が休み、そしてさらに土日があって、4.5連休でした。典型的なアメリカ家庭のthanks giving の過ごし方は、普段はなかなか揃うことのない家族みんなが一つの家に集まって、大きなテーブルとたくさんの料理(ターキーとパンプキンパイは基本)を囲んで、みんなであらゆることに心から感謝をしつつ楽しく食事をする―っていう行事です。テレビではニューヨークのにぎやかなパレードの様子が放映されました。

アメリカ人にとっての日本

日本にいるとき、とっても疑問に思っていたことがありました。それは、アメリカ人や、他国の国の人たちのとって、日本はどんな風に映っているんだろう…、日本という国はどれだけ世界に通用しているのか、という疑問です。アメリカで生活しているうちに、その答えがだんだんと明らかになってきました。世界における重要な地位、第一位はもちろんアメリカ、そして第二位、それは"日本"なのです。ホストファミリーが言っていました。"日本は小さな国だけど、世界における日本の役割はアメリカに次いで大きい―"と。はっきり言ってとっても驚きました。私の勉強不足だっただけかもしれませんが、アメリカに来る前は、外国人にとっては、日本と中国、韓国はほとんど区別がつかないものなんだろうな…という考えだったからです。アメリカでは、たくさんの日本製品が出回り(たくさんの日本車、そして電化製品、ゲームソフト、コミック本など)、そして寿司をはじめとした日本料理レストランもあちこちにあり、さらに、ワシントンD.Cの有名な美術館郡では日本の作品が堂々と展示され、人々の注目を集めています。アメリカ人の家を訪問すると、多くの家がたくさんの絵画や素敵なインテリアをあちこちに飾っていて、その中に日本の絵画や日本の置物がある割合は結構高いです。即ち、日本で通用する人間になること、それは世界に通用する人間であることを意味するのです。日本人は英語さえもっと日常的にこなせるようになれば、もっともっと世界に通用する素晴らしい国になるのになぁ…というのが最近の私の考えです。これはこれからの日本の課題の一つだと思います。

英語力の状況について

アメリカに来てから100日が経過しました。やはり来たばかりの頃に比べると、だいぶ英語が聞き取れるようになってきている気がします。それに、ゆっくりではあるけれど、自分の思っていることの大部分を伝えることができるようになってきました。最近頭の中で考えていることも半分は英語です。しかも、この前かなりひさしぶりに日本人と話した際に、自分の日本語がかなりぎこちないことに気付きました。言語は使わずにいると簡単に劣るものです。簡単な英語から習得する一方で、簡単な日本語(特に相槌など)を忘れかけています。日本語がぎこちなくなるとは思ってもいなかったし、このままでは来年にほんに戻る頃には本当に日本語を忘れているかも…と少し心配になったりもしましたが、どうせ日本に戻ればすぐに取り戻せるだろうし、少し日本語忘れるくらいでちょうどいいかなぁ…なんて考えている今日この頃です。英語を話す際に、いまだに苦労するのは、日本人が苦手とする、RとLの発音の区別です。最近になってやっとわかってきたこれらの違いを簡単に説明するとすれば、Lが日本語の"ら、り、る、れ、ろ"だとするとRを発音する際には最初にちっちゃい"う"(ぅ←舌の先をのどに近づけて発音する音)を音の最初において"ぅら、ぅり、ぅる、ぅれ、ぅろ"となります。私の苗字(洞内)をローマ字で綴った際(HORANAI)、アメリカ人が読むのに一苦労する理由はこれだったのです。この前試しに"HOLANAI"と綴ってみたら、誰もがスムーズに読んでくれました。この区別は英語を学ぶ際の本当に重要なポイントになってきます。例えば、right(正しい;右)とlight(明かり、明るい)、correct(訂正する)とcollect(…を集める)などです。ある朝、朝食にお気に入りのシリアル(ドーナッツ型で蜂蜜味)を食べていた時の事です。ホストパパがなにか言いたげに笑顔で訴えている気がしたので、スプーンを使わずに手でつまんで食べている行為が行儀が悪いって言いたいのかなぁ…と思い、「これはRUDE(無礼な、不作法な)食べ方ですか?」と尋ねました。彼は「そんなことないよ。」と言いつつ笑いが止まらない様子でした。なぜなら彼にはRUDEがLEWD(みだらな、わいせつな)に聞こえたからです。そして、もう一つ、苦労することをあげるとすれば、日本で普段使われている外来語(カタカナで綴られるもの)と実際の英語との発音の違いです。これからもっとボキャブラリーを増やして、相手の言っていることをもっと理解し、そして自分の意見ももっともっと伝えられるようになりたいと思います。

まとめ

 アメリカに来てから約3ヵ月半になります。だんだんとアメリカを知ることによって、アメリカに対する見方が変わっていくと同時に、不思議と日本や日本文化に対する見方も変化しています。物事には全て長所と短所があるように、日本、アメリカ、どちらの国も世界に誇るべき素晴らしい点、そして改善すべき点があると思います。私にとって、今一番困る質問は「日本とアメリカ、どちらが好きか?」という質問です。これは今の私にとって本当に答えに困る質問です。今、アメリカで生活することによって、今まで見えなかった日本の素晴らしさ、日本の世界における地位の高さに気付き、自分が日本人であることに感謝しています。とにかく毎日が新しい発見です。つい先日、日本語では日常的に3種類の文字(ひらがな、カタカナ、漢字)を使うという説明をしていて、"Why?"と訊ねられ、なぜなら日本語には英語のようにスペースがないからなんじゃないか―って、今まで考えても見なかったことがひらめいたときは感動しました。これからもっと日本を説明できるよう、勉強しようと思います。
 私が今、こうしてアメリカで生活していることに、毎日本当に感謝しています。アメリカで生活することは、本当に小さい頃から、常に望んでいたことです。その夢が、今実際に実現している―よく考えるととても不思議でなりません。家族や、友人、たくさんの人たちの1人1人の協力があってこそ、こうしてアメリカで充実した時間を過ごせているのだと実感しています。本当にありがとうございます。私は本当に幸せです。
もうすぐクリスマスです。アメリカでは多くの家がたくさんの電飾で輝き、クリスマスツリーの準備にとりかかっています(アメリカでは本物の大きなもみの木を"もみの木ショップ"(←ほとんど森)から切り倒して家まで運び、装飾します)。早いものでそろそろ年末です。それでは皆様がよい年末・年始を過ごされることを心から祈りつつ、今回の報告を終わりにしたいと思います。

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