| 慈 愛 の 種 を 播 き ま し ょ う | ||
| 第799回例会 平成14年7月15日 |
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| No.3 | 青森中央ロータリークラブ会報 |
点鐘/ロータリーソング(手に手つないで) ゲスト/杉浦 仁郎様(RI第2830地区パストガバナー) ヴィジター/(敬称略)函館東RC−明本修一 会務報告:松本会長 7月13日交換学生オリエンテーション報告 幹事報告:高橋幹事 ・中分区会長・幹事会開催 7月25日(木)18時、ホテル青森にて。会長・幹事出席 ・今年度よりガバナー月信はメールで配信されることになりました。クラブでは1部回覧 致しますが、個人でご覧になりたい方は事務局までメールアドレスをお知らせ下さい。 ・新会員候補者鈴木育子さんのプロフィールを配布しております。ご異議のある方は7日 以内に理事会まで。 ・次週7月22日(月)は大柳繁造ガバナー公式訪問例会です。当日11時よりガバナーを 囲んでの クラブ協議会がございますので出席者はお忘れなく。 ニコニコBOX ・中区初の女性会長お祝い申し上げます。 杉浦 ・杉浦仁郎パストガバナー本日の卓話ありがとうございます。 佐藤、斉藤、松本、高橋(憲)、名古屋、夏原、岡崎、服部、岩崎、鳴海、伊織、渡辺(孝)、 伊藤(慎) 卓 話 「ロータリーと女性」 杉浦仁郎PG 中区に初の女性会長を誕生させた青森中央Cに敬意を表し、お祝として私の拙ない卓話を献上致したいと思う次第です。 21年前、市内会長幹事会のとき、青森Rの大柄で魚屋の気っ風を感じさせる安倍安太郎さんは「私は卓話を全部、女にさせたんだ」と誇らしげに語った。その話を私は羨ましく聞いた。ロータリーは男ばかりだと、いまひとつ潤いがないみたいである。そこで私がプログラム委員長をしたとき、女ばかりの卓話をやることにした。 東奥日報社主催の近代彫刻巨匠マイヨール展を郷土館で開いたとき、紙上に共産党県議の小倉ミキさんの感想がでて、その文章にとても魅かれて、それで私は観にゆく気になった。そんなことでその女の卓話を聞いてみたい。Rの先輩が津島代議士の奥さんを卓話に頼んだとき、電話ひとつでOKとったというので、おそるおそる電話したら、喜んでOKした。 当日お出になったとき、イヤリングを付けて、いくぶん派手かな思われる緋色のスーツがセンスの良さを感じさせ、共産党の闘士のイメージは全然感じさせない。卓話は早く亡くなられた父の思い出に始まり、讃美歌をうたい、恐山のイタコを津軽弁で語り、イタコそのものになっていた。私がこれまで聞いた中での一番の名卓話といってよい。 ロータリーの奥さんとだんな抜きで付き合いできる人いますか。私には二人いる。Kの奥さんは、忘年会で私がニセコの雪質のよさを話したら、「連れていって下さい」。Kに聞くと「お願いします」あっさりしたものだ。Kさんの奥さんはその後「翔んでいる女」になった。アフリカやシルクロードの旅行記の著書をもらった。 朝日の日曜版の一面全部に、各県の風土に合う女の連載があった。ふくよかで、ボーイソプラノに近い声の純情な乙女といった感じで短歌や文章をよくしたSの奥さんが記者の目にとまったのだろう。上半面は県内の風景をバックに、彼女の横顔が大きく写し出されていた。新町通りの老舗の和菓子屋にいて、立ち寄ると、お茶とお菓子で接待してくれる。本を二冊もらった。 1990年、その前の年に函館東bと友好クラブを結んでいたので、大高会長夫妻をはじめ、一行8人で函館東Cに表敬訪問したとき、5人の女性会員が観光案内してくれた。その元気のいいのに圧倒された。その中に、青森の大谷幼稚園で保母をしていたが、函館に来てコンピューター会社の社長をやっているという女がいて驚いた。お礼にと函館の女性会員の産婦人科医が当Cを訪問され、最近の女子高生の性について卓話した。堂々とした話しであり、函館では著名人だったとあとで聞いた。 1996年3月、当Cのガバナー候補者達が健康を理由に辞退してしまったので、全くロータリーを勉強していない私にお鉢が回ってきた。アナハイムの国際協議会に出たとき、世界515地区のガバナーや夫人方及び関係者が多く、会議できる場所はここしかないというヒルトンホテルでやった。毎朝一時間全員集って本会議が開かれる。席はアルファベット順で、私の隣りは米国の女性ガバナーである。それが金髪の美人で、私があこがれていたマリリン・モンローに似ていた。いくらか勉強していった私の英語は丸っきり通じない。僅かに筆談で、彼女が6千人の小村の小学校の校長とのこと。折角の交流できる機会を逃してしまった。 1995年Rの友5月号の友愛の広場に、ブラウンRI会長がきめた毎年2月第2週を「家族の週間」としたことについて、Rの奥さんの投稿があった。農業を営む主人がRに入っても、恥じることなく仕事に誇りを持ち、健常者でない自分を卑下することなく、連れて歩いてくれる。この家族の週間に、他人への思いやりと家族の絆と奉仕への思いをこめて、庭に二人で桜の記念樹をするという文章に感動した。この話を名川Cのクラブ協議会でしたら、幹事が翌日の例会のテーブルに、会員が全く持っていかないで書庫にたまったていたRの友の中から5月号をとりだして並べてあった。 八戸北Cの幹事差波育子さんは、私の公式訪問に自分の車で迎えに来た。落ちついていて、私の方が緊張してしまった。Rに入会して2年9ヶ月で幹事になり、その後2年で地区内で最初の女性会長となった。父の生活をみて、立派な方々が世界的な組織をもって追求するもの何かに興味をもち、悔いのない人生の選択として勉強したいものがあったので、入会してよかった。男性女性の違和感はない。女性が入っていくことによって、何らかのプラスになればいいし、女性会員もふえるといいと地区協議会の報告書にあって感心した。 私は彼女から一枚の絵ハガキをもらった。それは商業用写真の国際コンテストで堂々地中海賞を戴いたのだ。にこやかな表情の七五三の女の子の晴れ姿であった。私は感動して、早速ガバナー月信の表紙をその写真で飾った。 }八戸中央Cは5人の女性会員のうち1人が夜のクラブ協議会に出席していた。終わって懇親の席で、一番先にお酌にきてくれたのはその女性である。私はそのときすぐに分かった。彼女はアイルランドで領海侵犯をして囚えられた八戸の船主で、テレビに出ていたからである。翌日の公式訪問では接待役として、私の隣席で共に食事をした。 その年の秋、白神清掃のインターアクト年次大会があったとき、彼女と会った。たまたまバスの隣席に坐って会話をしていたとき、私は「二人で旅行しているみたいですね」と言ったら、彼女も「そうですね」と答えた。 |
| 7月15日出席率:26名中13名 50.00% 7月1日確定率:26名中20名 76.92% |