≪外部卓話≫ 青少年帰国学生 石川 奈央さん
テーマ『青少年交換留学生活を終えて』
青森県立弘前南高校三年の石川奈央です。昨年の 8 月から約 1 年間、アメリカのペンシルバニア州ピッツバーグへ行ってきました。ピッツバーグはケチャップとチョコレートで有名な都市で、最近では医療の面でも非常に注目されています。そこで大切な人達と過ごしてきた一年間の出来事を皆さんにお話したいと思います。
2005 年 8 月 24 日、東京を出発。飛行機の窓から小さくなっていく日本を見ていると、とても切なくなり涙をこらえることで精一杯でした。私はその日から日記をつけようと決めていました。初日の日記には『 8 月 24 日 空の上 今日、ついにアメリカに向かって出発しました。あれだけ夢見ていたことなのに、今はとても辛いです。できることなら、今すぐ帰って、みんなに会いたい。でも、それはできない。この先不安だけど、なんとか頑張っていこうと思う…』日本から友達と写っているプリクラノートを見て、周りの人に気づかれないように泣いたのを覚えています。
アトランタに着き、そこからピッツバーグへ!空港には私のホストクラブの会長さんとホストファミリーの人達が迎えに来てくれていました。とても明るそうな人達で、この人達とならやっていけるんじゃないかと思いました。みなさん私の英語を理解するのに非常に苦労していましたが、一生懸命私の英語を聞いてくれました。
8 月 29 日から学校が始まり、最初はとにかく不安で仕方がありませんでした。でも、ホストファミリーの長女がたまたま私と同じホームルームだったので、わからないことは彼女が相談にのってくれました。また、彼女の友達が私に興味を持ってくれたので、初日から一人になることはありませんでしたが、やっぱり授業は大変でした。気分としては、いきなり海の中に放り込まれた金魚状態。同じ人間でも、言葉も環境も違うところに、一人ポンっと投げ込まれた私は苦労の連続でした。わからないところを聞くにしても、英語に自信がなく、黙っている日が二、三日続きました。しかし、そんな私でも存分に力を発揮できたクラスがありました。それは、吹奏楽のクラスです。吹奏楽では日本で使っていた楽器を使うことができ、それがきっかけでどんどん友達の輪が広がっていきました。音楽に国境はないんだなあと感じました。そのころからみんなとのコミュニケーションの仕方や基本的な英会話を覚えていき、毎日が新しい発見で、学校に行くことが大好きになりました。秋には感謝祭があり、ホストファミリーの人達の親戚一同と会うことができました。ハロウィンには、他の留学生や友達、ホストファミリーの親戚一同を集めてハロウィンパーティーをしたり楽しい毎日を過ごしていました。
しかし、クリスマスを終えた頃、ある事件がありました。クラブ側で次のホストファミリーを捜していなかったのです。それが原因でホストファミリーとロータリークラブ間でいざこざが生じ、非常に気まずいものになりました。ファミリーの人達は、ずっといてもいいよと言ってくれましたが、私は自力でホストファミリーを捜すことにしました。手当たり次第友達に聞いたり、先生に聞いたり…他の留学生達もとても心配してくれました。運良く年明けから友達の家にステイすることになりました。その友達と家族には、とても感謝しています。
お正月が過ぎてから、地元のピッツバーグ大学で日本語を学んでいる生徒に対して日本語を教える機会があり、毎週金曜日の夕方から、互いに宿題を教え合ったり、日本の映画を見たり大学のイベントに参加したりしました。一度だけ、語学の授業を取っている生徒達がモデルになる、民族の衣装のファッションショーがありました。もちろん私も強制参加となり、持参した浴衣を着て歩きました。それは、おそらく一生に一度の体験だったと思います。春には陸上にも挑戦しました。友達を作る良い機会にもなりました。
六月、私のお別れ会をホストファミリーの皆さんが開いてくれました。私が招待状を作り、友達を招待。ちょうどそのとき、沢山の友達から『日本食が食べたい!』と言われ、私はカツサンドとグラタンを作りました。カツサンドは大好評でした。そして、良い機会だと思い、少し早めの七夕をしました。もちろんアメリカの人達にとって七夕は未知なるものでした。私は全員に七夕の物語を聞かせ、事前に用意していた手作りの笹の枝と折り紙で作った飾りを見せ、みんなに短冊渡し、自分たちの願い事を書いてもらいました。パーティーが終わり、私はみんなが書いてくれた短冊を見てみると、『奈央が健康でありますように。』『また奈央と会えますように。』『奈央が幸せでありますように。』というような内容のものでした。とても嬉しく、ありがたく思いました。
そしてあっという間に帰国の 7 月 3 日を迎えました。ホストファミリーと友達数人に見送りに来てくれて、泣かないと決めていたのに、別れ際、涙が滝のように流れてきました。今思えば、初めはとても不安で早く帰りたいと思っていたのが嘘のようです。振り返って、みんなのところに戻りたいと思いました。とても悲しい別れでしたが、とても充実した留学生活でした。お世話になったホストファミリーや友人達、そして日本で私を支えてくれた人達に刺激を受け、また、留学先の人達は逆に私に刺激を受け、非常に充実した時間だったと思います。いろいろなこともありましたが、今思えば、恵まれた環境の中ばかりで甘んじてはいけない!もっと強くなるための試練だったのではないかと思います。この一年間でかなり成長できたと思います。
これからはこの経験を生かし、多くの派遣学生や留学生の力になってあげたいと思います。
そして、最後にご尽力を頂いた弘前ロータリークラブの皆様には、貴重な 1 年を与えて下さったことに心から感謝しています。本当にありがとうございました。
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